書評:日本経済 競争力の構想―スピード時代に挑むモジュール化戦略
November 04, 2006
マイケル・ポーターの「日本の競争戦略 (Can Japan Compete?)」の要旨を一言でまとめると、日本企業には戦略がない、国際競争力がない。ということだと思う。(一部の産業を除いて、)日本企業は、どこに参入するか・しないかを自分で判断せず、既にある程度市場が立ち上がってきてから二番手で参入し、品質・オペレーションの改良を行なってシェアを奪う。デザインやコンセプトが他社製品の模倣になりがちで、オペレーションの優劣と価格だけの勝負になる、なのでマージンが薄い、というような批判をされている。
「日本経済 競争力の構想」は、ポーターの論を受けて、本当に日本企業には戦略や国際競争力がないのか、その原因は何なのかを検証しつつ、今後の方向性を示している。
●日本には国際競争力はないのか?
結論から言うと、あんまり芳しくはない。この本では、スイスの名門ビジネススクールIMDの競争力ランキング(2002年度版)における順位を取り上げており、この本のソースになっている2002年は、日本は49か国中30位となっている。指標毎に見ていくと、特に、企業経営(49か国中41位)と起業家精神(49位)に対する評価が低い。
一般的に、企業のパフォーマンスを測るには、売上高や利益率といった経営指標を使う。しかし、国同士は市場を奪い合っているわけではないので、IMDのランキングでは、単純に経済成長率・GDPによる比較だけではなく、経済成長に対する各国の制度や政策、インフラ等、中長期的な繁栄に影響を与える要因によって評価している。
※もっと詳しく知りたい人は、IMDのWorld Competitiveness Yearbook "Factors and Criteria"をご参照ください。ちなみに、2006年のランキングでは日本は17位(前年度より4位アップ)、1位はアメリカ。
最も重要な経済指標としては、生産性(全要素生産性=Total Factor Productivity)の検証を行なっている。日本は80年代、90年代前半、90年代後半と、この20年間成長が鈍化し続けており、逆にアメリカは成長傾向にある。産業別にアメリカと比較してみると、自動車・機械はアメリカを上回り、サービス産業(電力・運輸・通信)は概して下回っている。ここから、著者は、サービス産業の生産性を上げるためには規制緩和が重要だと指摘している。但し、この本が書かれた後、ここに挙げられたアメリカのサービス産業は、経営危機に陥ったり、過度の市場原理の導入によってサービスレベルが低下したりといった反動も出てきているので、難しい問題だと思う。
また、特に製造業については、貿易額や国際市場におけるシェアをみているが、いずれも日本・日本企業の地位が相対的に低下しつつあることが説明されている。
●その理由は?
- 研究開発投資額や特許件数 等、イノベーション活動は活発だが、生産性向上や商用化に必ずしも結び付いていない。また、企業による投資が中心で、政府・大学等の投資が小さい。
- 海外企業・海外資本が参入する魅力が薄い・参入しづらい。(インフラコストの高さ、会計情報の信頼性、外国人取締役・株主が参加するための環境)結果として、対日直接投資が小さい。
●日本企業には戦略はないのか?
特にこの本の中で面白いと思ったのは、携帯電話・情報家電・PC・半導体といった、ハイテクに占める重要性・将来性が大きい分野について、該当分野に属す る企業の企画部門の部課長クラスに対して実施したアンケートの結果(ミドルの本音)である。詳細はぜひ同書をご覧いただくとして、要旨をまとめると、
- マネジメント能力のある経営者が少ない。
- 確かに、支援産業(サプライヤ等か?)が国内で隣接しているお蔭で重要部品・装置の入手は早いが、じゃあそれが次世代製品開発に役立っているか?というと、そこまでは活用できていない。
- 企業目標に適合しない事業の廃止判断が遅い。
- 横並び模倣競争になっている。
- ハイテクセクターで働く誇り・思い入れは強い。
ということで、少なくともハイテクの上記4分野においては、日本企業には戦略がなく、オペレーション効率一辺倒の価格競争に陥っている と自覚されていることが分かった。私は3年前に「日本企業はSlowか?」というエントリを書いたことがあるのだが、感覚的だった割には結構当たってたな、とこの本を読んでみて思った。
●日本企業の「組織力」はどうなのか?
日本企業の特徴を揶揄した言い回しとして、「強い現場、弱いマネジメント」と言われることがある。この本では「組織IQ」として経済産業研究所で行なった調査について言及している。この調査は、同じ質問票で、シリコンバレー企業と日本企業のトップ・ミドル・現場にそれぞれアンケートを行なったもので、300人以上の回答に基づいている。対象は、上述のハイテク4分野+銀行である。結果はかなり厳しい。まとめると、
- 日本企業は、方針の明確化、それに基づくチームとしてのベクトル合わせ、それに合わせた組織の創造力、新規プロジェクト立上げサポート等、内部調整・資源調整力には優れている。
- 組織内部における情報共有力は弱い。トップの外部情報に対するアンテナ・意欲は高く、ミドルもそこそこ頑張っているが、現場は「タコツボ」化しており、日々の仕事で精一杯で外部の大局的動向どころではない。ナレッジや情報を部門横断的に共有しようという意欲に欠けている。→個人的な実感と非常に近くて、激しく納得した。
- トップは「自社の意思決定は迅速だ」と思っているが、変化のスピードや実情を良く知るミドル・現場からは「ちんたらしている」と思われている。権限委譲が不十分である。
- 組織としてのフォーカスはできているが、個人の意欲やヤル気は抑圧されている。
- 組織IQは、企業によって相当差がある。トップ1/3はシリコンバレーと比べて遜色ない。
あまりに厳しいのでちょっと擁護してあげたい、というわけではないが、組織は大きくなればなるほど(一般的には)階層化・官僚組織化していくものなので、トップとミドル、現場の乖離度合いは、組織規模によって差が出るのではないかと思う。そういう意味で、アンケート対象となった日本企業をシリコンバレー企業とダイレクトに比べるべきかどうか、という点は個人的には気になった。
●では、どうすれば良いのか?
四つのキーワードが挙げられている。
- モジュール化
- ベンチャー
- 技術ロードマップ
- 技術マーケティング
これら4つは、相互依存的な関係があるように思う。例として取り上げられていたのは、またしてもIBMのシステム/360である。モジュール化とは何か?(1つめのキーワード)なぜモジュール化がベンチャー参入を促し、業界全体を活性化させるのか?(2つめのキーワード)については、コンピュータ業界に訪れた転換点とはや、コンピュータ業界でモジュール化が成功した幾つかの理由でご紹介したので、興味のある方はご参照下さい。
コンピュータアーキテクチャーのモジュール化で主導的な役割を果たしたIBMの意思決定を見ていくと、
- 業界全体に何らかの課題があり、それを解決するためにはもっと技術革新の速度を上げなければならない。しかし、それら全ての技術要素・部品の開発を自社内だけで行なうには時間が足りない(=技術ロードマップ)
- よって、どのように要素分解を行なうか、自社はどこにフォーカスし、いつまでに何を作るかと、自社開発しない部分を、どこから、どのように調達すべきかを調べ、決定する(=技術マーケティング)
モジュールというアーキテクチャーが適合的かどうかは製品によるが、ハイテク分野で世界トップの企業と戦って行くためには、このような意思決定プロセス、そのための情報収集・分析機能、アウトソーシング戦略の立案と遂行能力が必要だということになる。世界トップクラスのハイテク企業では、3週間に一度、社長自らがロードマップの確認・修正を行なっているのだそうだ。果たして日本企業はそれができているだろうか?というのが著者の問いである。アンケート回答のように、「企画部門の仕事は社長や経営陣の講演資料を作ること」「タテ人脈のヨコ調整」というのでは、何とも心許ない。
●日本のベンチャー起業の現状
これに加えて、では、ベンチャー起業という視点から見るとどうか?だが、世界各国の開業率・廃業率に関するデータによると、日本は90年代以降、廃業が開業を上回っている。加えて、OECDのベンチャー投資額の対GDP比は、日本は最下位となっている。従って、お世辞にもベンチャー起業が活発な状況だとは言えない。
良いか悪いかは別として、近年ますます競争は激化しており、企業の生き残りは厳しくなっている。現代では、日米共に、15年間以上株式市場で並外れたパフォーマンスをあげ続けた会社はないほど、企業の入れ替わりは激しくなっている。この環境下で、新しい企業が参入していないというのは、中長期で見た場合、経済成長が停滞するリスクがある と考えるのが自然だろう。
もう一つ、本に出ているのとは別のデータを追加しておくと、スタンダード&プアーズ500銘柄に対して、長期的に安定した成長を続ける能力があるかどうかという観点で評価すると、1985年では、41%がローリスク(つまり、安定的な成長を続ける可能性が高い)、35%がハイリスク(今後は成長が見込めない可能性が高い)とされていたが、2006年ではローリスクな銘柄は17%まで低下し、変わって、ハイリスク銘柄の割合が何と73%にのぼっている。(Managing in Chaos, Fortune 10/2/06)
つまり、一旦成功した会社がそのポジションに留まり続けるのが難しくなってきている、と解釈できる。
なので、日本が競争力を取り戻すための結論としては、もっと個人がモチベーションを持ちうる組織や社会の仕組みが必要だ。ということなのだろうと思う。
結論としては、ポーターとそれほど大きく違っているわけではないのだが、なぜこの本が説得力があるかというと、世間一般では感覚的に語られがちなテーマを、ここまで踏み込んだ検証・分析を行なっているという点なのだろう。ポリシーメーカーの方々や、ハイテク産業の会社経営者、悩めるミドル・現場の方々にオススメしたい本です。
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