新原浩朗「日本の優秀企業研究」
July 30, 2006
誤解を恐れずに敢えて言えば、この本は、日本の"Good to Great" である。
まず、フレームワークがかなり似ている。「日本の優秀企業研究」とGood to Greatは、それぞれ日米で15年間以上株式市場の平均を上回るパフォーマンスをあげ続けた企業に共通して見られる特徴、そうでない企業には見られなかった特徴を分析したものだという点だ。
それから、導き出された優秀企業の「6つの条件」のうち、3つが非常に似ており、加えてあと1つは明示的ではないが十分同じメッセージを感じることができた。具体的に言うと、
- Confront the Brutal Facts = 危機をもって企業のチャンスに転化すること
- Hedgehog Concept = 分からないことは分けること
- Culture of Discipline = 世のため、人のためという自発性の企業文化を埋め込んでいること
また、経営者のリーダーシップの重要性についても、かなりのページを割いて書かれていた。
なぜ、こんなことを言いたかったかと言うと、よく「日本とアメリカは人も違うし文化も違う。同じやり方ではダメだ。」と言われるが、洋の東西を問わず資本主義社会で成功した企業は、グローバルであろうと内需中心であろうと、似た特徴を備えているということが、非常に印象的だったからだ。ほぼ時期を同じくして、太平洋のあちら側とこちら側で、似た結論に至ったというのが、一番興味深かった。
同様に、優秀企業かどうかの判定基準が、奇しくも同じ「15年間」だったことも面白い。「日本の優秀企業研究」では、プラザ合意以降、為替レートの大幅変動の影響を受け、かなり大きく経営環境が変わった企業が多かったためと指摘されているが、これから推察すると、社会や経営の外的環境の変化はだいたいこれぐらいのサイクルで起こっており、一度築いた優位が持続するのはこれぐらいの期間だということかもしれない。(むちゃくちゃ荒い仮説だが)
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それはさておき、「日本の優秀企業研究」そのものに話を戻す。
事例に取り上げられた10社(花王・キヤノン・シマノ・信越化学・セブンイレブンジャパン・トヨタ・任天堂・ホンダ・マブチモーター・ヤマト運輸)は、いずれも日本ではエクセレントカンパニーとして名高く、ビジネス書でも頻繁に取り上げられる企業ばかりなので、全く違和感はない。また、様々な逸話は厚みを持って語られており、1つ1つのケーススタディとして読んでもとても面白かった。実直に現場に密着した話が多いので、特に日本でGood to Greatを読んでイマイチピンと来なかった人には、こちらのほうが腹に落ちやすいかもしれない。
それから、私にとって意外だったのは、優秀企業では社長が非常に強いリーダーシップを発揮していた点だった。よく、「日本はボトムアップで、アメリカはトップダウン」と言われるが、例えば、ホンダでは、車のデザインは最終的に社長がGoを出すまで製造できないのだそうだ。最終的な判断基準を1人が持つことで統一感が出るというのは、Webサイト編集等の自分の経験から言っても非常に納得だが、まさかそこまでやっているとは思っていなかった。もう一つ例を挙げると、信越化学では、経営陣がガヤガヤ言いすぎて研究者を萎縮させてしまった反省を活かし、かなり研究者に自由に任せているが、事業化するか・できるかの判断は全て社長が行なっているとのことである。
このように、事業化の判断を経営トップ自らが下している例をアメリカのハイテク業界で挙げると、MicrosoftにおけるBill Gates, AppleにおけるSteve Jobs, GoogleにおけるPageとBrinが有名だ。それを「ワンマン」だと批判する声もあるが、結果から言うと(少なくともその社長1代に限っては)ワンマンの方がうまく行くのだろう。残る問題は世代交代であるが。
一つの組織がどれくらい成功を持続できうるのか、業界や製品アーキテクチャがガラリと変わり、自己否定しなければならない「イノベーションのジレンマ」に勝ち続けて行くことはできるのか、それは経営者が代替わりした後も可能なのか。私はずっと、興味を持ち続けている。
この本の使用方法について一点注意を要するとすれば、著者の新原氏自身も認めているが、この本に登場するのは大企業ばかりなので、ベンチャー・中小企業の成功の条件を知りたい場合はもしかしたら他の本を当たったほうが良いかもしれない。
とりわけ印象的だったポイントを、下記にまとめる。(私が理解したままを、自分用のメモとして書いたものなので、原著には完全一致箇所がない場合もあります。)
経営者・・・オペレーションよりもホワイトカラーの生産性のほうが最終的な企業の業績の良し悪しに与える影響が大きい
- 社長や経営者というのは、「撃墜王」が勲章・栄誉として与えられるポストではなく、「専門職」たるべし
- 修羅場をくぐり、苦労した経験が糧となる(傍流経験)
- 現場感覚はあるが、しがらみはない
- 方針を自分の言葉で語る、自ら決断する
- 自社がやるべき事業とは、強みとすべき業務は何かを明確化する
- 使命感
- 自社内での育成・選抜が重要。外部からの登用は難しいし、アメリカでも実は一般的ではない
組織
- 会社全体を横通しで文化・規律を共有できていない限り、カンパニー制でシナジーを発揮するのは難しい
- 手を広げすぎるのは害が多い。
事業
- 必要な基礎・要素技術が内部から生まれ出てくる強さ(※Tomomi注:技術・企業のM&Aや移転が難しいのは洋の東西・業界を問わないが、成功率や発生頻度は国や業界によって差があるのでは。)
- 常識を疑え。現状を知りぬいた人だからこそブレイクスルーできる。プロのように知り、素人のように考える
文化
- 「バッドニュース・ファースト」:悪い兆候を上に報告できる土壌がある企業は、常に危機感が漲っている
- 文化や価値観の共有が大事
- 創業者一家の果たす役割(精神的柱)
- 終身雇用が従業員のロイヤルティに繋がる。但し年功序列は組織を腐らせる
- 「ごまかそうとする人を監視する」ガバナンスでは、完全に企業を守れない。社員が自発的に考え、行動するよう動機付けすべき
あの、「撃墜王」って何のことでしょうか?
Posted by: eurospace | July 31, 2006 at 01:33 AM
「撃墜王」自体は、著者の新原氏自身が使っている用語です。
私の理解は、
昔は営業の猛者で、ウン億円の案件を受注しただとか、
昔すごいヒット商品を生み出した「技術の神様」だとか、
そういう「(社内で)伝説の人」と化していたりする、
いわゆる「やり手」のことを指しているのだろうと思います。
(撃墜王、とは言っていませんが、沼上幹の著書の中でも、
日本企業における「出世ルート」「昔の栄光」によって祭り上げられる経営者に対して
同様の批判がありました。)
Posted by: Tomomi | July 31, 2006 at 01:40 PM