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ジェフリー・サックス「貧困の終焉」

「偉大な思想には偉大なメロディーとの共通点がある。わかりやすく、身近で、記憶に残ること―一度聴いたら頭から離れず、いつまでもつきまとう。」(U2 ボノによる序文より)

ジェフリー・サックス「貧困の終焉」は、「私たちが生きているあいだに世界の貧困をなくすことについて書かれた本である。

最近ようやく、少しずつハッキリしてきたのだが、私の関心は、どうすれば日本のIT業界はもっと活性化するのか。ひいては、どうすれば日本(企業)がもっと国際的に活性化するのか、にある。(ものすごく壮大なテーマなので、これをもっと個別具体的な目標・アクションにブレイクダウンしていかなければならないのだが、「精神」としてはココに行きついた。)

その裏テーマとして、気になるのは、
日本がもっと活性化した国になったら、他の国の利益を奪うことになるのだろうか?
世界全体にとって持続可能な経済発展というのはあるのだろうか?

言い換えれば、要は、グローバル経済というものは、サイズが一定のパイの一片を各国が奪い合うようなものなのか、それとも(相対的な貧富の差はあるかもしれないが)参加者全員が絶対的に(以前と比べて)豊かになることができるものなのか?

トーマス・フリードマン「レクサスとオリーブの木」でも、グローバリゼーションを通じて各国が「絶対的に」豊かになったことが指摘されていたが、「貧困の終焉」は私の疑問に答えてくれる本だった。

●グローバル経済はWinner-takes-allのゼロサムゲームではない。

歴史を振り返ると、1800年頃までは世界中のどの国も(今日の水準から見れば)非常に貧しく、経済成長といえるようなものは殆どなかった。そして1800年からの180年間で、世界の経済活動(GWP)は49倍になった。紀元1000年からの800年間で1人当たりの所得は50%程度しか成長していないことと比較すると、いかに劇的な変化だったかが分かる。細かく、地域別にみていくと、アメリカは約2世紀の間、毎年1.7%程度のGNP成長を持続し、アフリカのGNP成長率は年0.7%だったそうだ。一見小さいと思えるこの差が積もり積もって、最も貧しいと言われるアフリカ経済も2世紀前に比べれば3倍になったが、アメリカは25倍の伸びを記録した。かくして最も豊かな地域と最も貧しい地域の格差は、この2世紀の間に4倍から20倍に広がったのである。

つまり、どの地域も成長を遂げているが、成長の仕方には地域によって大きな差があったため、豊かな国と貧しい国の格差が広がる結果になったと言える。

●経済成長を阻む原因は一意でもないし、単純でもない。

貧しい国々の中でも、成長できる国とできない国がある。その原因は複雑だが、明確に相関が認められているのは食糧生産性だそうだ。つまり、ヘクタール当たりの収穫量が多く、肥料の消費量も多い国は、貧しくても経済成長に成功する可能性が高い。

更に、その国の地理―港に適した海岸線があるか、海岸への物資の移動が容易であるかどうか等―や、乳幼児の死亡率(子どもの死亡率が高い国では、代償として、死亡率を上回る出生率となり、子ども一人一人に十分な栄養・教育が施されず、貧困からの脱出が更に困難になる)、国民の識字率、文化的な問題、政治情勢などが相互に複雑に絡みあっている。

●極度の貧困に苦しむ地域は自助努力だけでは貧困を脱出できないが、開発の一番下の梯子に足を掛けることができれば、その後は自力で成長することができる。

撲滅すべき貧困とは何か?サックス教授は、生存に必要最低限なものも満足に手に入らない状態を「極度の貧困」と説明している。世界銀行の定義によると、1人当たりの一日の収入が$1以下というものだ。極度の貧困にあって生きるために日々闘っている人々は、なんと全世界の人類の1/6も存在する。

なぜ、極度の貧困からは自力で脱出できないのか?ちょっと想像力を働かせば簡単だ。極度の貧困にある国では、土壌が痩せていたり、市場作物を作るための道具や技術がなかったり、運べる距離に市場が存在しない。また、子どもがすぐに死んでしまうので、たくさん子どもを持とうとする。そうなると、痩せた土地からできた穀物類は全て家族の口に入ってしまい、貯蓄する余裕はないからだ。肥料を買うこともできない。食糧生産性は上がらない。更に土壌が痩せていく。マラリアやエイズで一家の働き手が失われることも多い。

これに対比して、自力で「開発の梯子」を登り始めた例としてバングラデシュが紹介されていた。
1971年以来、1人当たりの所得は倍になり、乳児死亡率(新生児1000人に付き誕生から1歳未満で死亡する乳児の数)は145人から48人に減った。平均余命も44歳から62歳に伸びた。

ダッカでは、アパレル業界で働く若い女性達が経済を、そして社会を変えつつある。毎朝仕事場まで片道2時間掛けて歩いて通勤し、12時間殆ど休憩なしで働き、セクハラの危険にも晒されている。しかし、彼女達は、この仕事をそれまで考えられなかった大きなチャンスだと考えている。もしこの仕事がなければ、彼女達は、読み書きもできず、学校へもいけず、親の決めた相手と結婚させられ10代のうちから5人も6人も子どもを生まざるを得なかったが、アパレル工場で働き始めて、わずかな賃金の中から何とか貯金をひねり出し、自分の部屋を持ち、いつ誰とデートをし、結婚するのか、子どもをいつ、何人持つのかを自分で決め、そして更に仕事に役立つスキルを身に付けたいと語っていたそうだ。

もっと高い賃金を払え、さもなけば工場を閉鎖しろと豊かな国の活動家は言うかもしれないが、もし高い賃金を払った結果、価格競争力や生産性の低下によって工場が潰れたら、彼女達は元の生活に戻らなければならない。アメリカに移民で渡ってきた人達も貧しく、同じような仕事からスタートした、これは「産業化の最初の段階」だというのがサックス教授の指摘である。

●では、どうすれば世界から極度の貧困をなくせるのか?

サックス教授は具体的に数字を挙げて、案を提示している。ドナー22カ国がGNPの0.7%(1,240億ドル)を拠出すれば極貧層を基本的なニーズが満たせるレベルまで引き上げることができる、のだそうだ。更に言えば、この額は、ドナー諸国が既に約束しているODAの範囲内で納まるのである。アメリカがその目標を達成するための具体的な方策として、20万ドルを超える所得に5%の追加税を課し、その分は世界の貧困をなくすためのアメリカの分担金に回す(2004年時点で約400億ドル)ことを提言している。

・・・とまぁ、「貧困の終焉」について熱く語ってしまったが、この本は素晴らしい。主張は極めてシンプルで大胆、しかし論証は緻密である。私は開発経済学という分野があることすら良く知らなかった素人なので、もしかして専門家の方が読んだら違う感想を持つのかもしれないが、この本がなかったら2006年時点で私が「知らなかったこと」はあまりに多い。また、個人的には、高い専門性と職業倫理を持ち、世の中に対してポジティブで良い価値を生み出すメッセージを強く打ち出し、実際に貧しい国の経済政策の立案・実行にコミットするという、サックス教授の生き方に感銘を受けた。具体的な各国のケースも非常に勉強になったし、論理展開の仕方を学ぶ教科書としても、「職業人として、このようにありたいものだ」と感じさせられるという意味でも、私にとっては良い本だった。

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ジェフリー サックス Jeffrey D. Sachs 鈴木 主税


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Comments

eurospace

本来なら僕が先に読んでいないといけない本ですが、この本チェックしてなかったです・・・。レビュー助かりました。

いま世界の貧困解消のターゲットは、アフリカに移りつつあります。開発経済学のフロンティアも、アジアや中南米ではなくアフリカです。こうなってきた理由は、アジアや中南米とアフリカとの経済格差が開く一方だからというのと(1950年代は、アジア諸国の一人あたり所得とアフリカ諸国の一人あたり所得はほとんど同じでした)、あと東アジア・東南アジアに関しては、けっこう経済発展が進みだしたからでもあります。

なぜアジア(特に東アジア、東南アジア)は大きく発展したのに、アフリカは発展しないのか。両者の決定的な差の一つは、アジアは農業革命に成功し、農業生産性を大きく向上させることができたのに対して、アフリカでは農業革命が起こっておらず、農業生産性が大きく上昇していない点にあります。それと、アフリカ諸国の低成長の原因をLandlocked Economyであることに求めてよいかどうかについては、一義的には言えないようで、計量分析でもモデルによって見解の相違があるようです(有意であるとする説と、有意でないという説があるということ)。


援助については、額を増やせばいいというものではないので、サックスは楽観的過ぎる気がします。まあ読まずに批判するのも問題アリですけど。なので、ちゃんと読んでみます。エントリーに感謝します!

Goro

いつも刺激的な内容で楽しみに読んでいます。

グローバリゼーションといえば、もし、まだでしたらぜひ、
Susan Georgeの「オルター・グローバリゼーション宣言」(Another world is possible! if...)
も読んでみてください。

巷でいう、”グローバリゼーション”が、いかに世界平和や安全、途上国の経済に大きな負の影響を与えているかについて
かなりショッキングな内容です。

hibi

お久しぶりです。
なんかすごく読みたくなりました。
いつも読んでいて、何かアクションを起こしたくなるブログです。
次も楽しみにしています~。

噂の本もチェックしなくちゃっ!

Tomomi

eurospaceさん、
本物の経済学者キター
「貧困の終焉」でもアフリカは最も主要なトピックの一つでしたよ。
私の筆力と根性が足りなくて詳しくブログには書けませんでしたが。。。
あと、国民1人当たりの所得とマラリアの発生率の分布図を重ねると非常に近似していて興味深く思いました。

Goroさん、
ご紹介の本は読んだことないです。この人の他の著書も面白そうですね。
Goroさんの興味の幅の広さと深さにいつも感服しております。

hibiさん、
「アクション起こしたくなる」、ものすごく嬉しいコメントです!!
例の本は、ちょっと手違いがあって、まだこのブログでは宣伝したくなく。。。
(事情はダンナからお聞きになったかもしれませんが。。。)

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