Big Blueはどこへ行くのか
UNIXベンダの現状

"Platform Leadership"

この本はとても面白かった。今日のIT業界リーダー企業がどのように今日のリーダーシップを確立したのかが分析されている(Intel, Microsoft, Cisco、あとPalmやNTTドコモも少し)。産業史としてもまとまっているので、IT・ハイテク業界で働く人は一度読んでおいて損はないと思う。

面白かったのだが、あえて難を言うと、この本に出てくる事例は、どれも「元々市場シェアが大きかった会社が自社のビジネス基盤を更に強化するために何をしたか」ばかりで、どうすれば市場シェアリーダーになれるかは書かれていない。そして、「成功した会社はこうでした」とは書かれているが、それが本当にKFSだったのかどうかについての検証は少ない。同一業界内で似たようなポジションにいて、成功した会社と失敗した会社の比較があると更に良かったと思う。

私のように感じた人は少なくなかったと見え、共著者の1人・クスマノがこの本の後に出した「ソフトウェア企業の競争戦略」では、これらの点はかなり意識されている。ソフトウェア業界の人には、「プラットフォーム・リーダーシップ」→「ソフトウェア企業の競争戦略」の順番で読むことをお勧めしたい。


多くの企業が、自社の技術・製品を業界標準・プラットフォームにしたいと考えている。プラットフォームとなった技術・製品は、他社の製品・サービス提供の基盤として使われるので、プラットフォーム提供企業は、業界を支配できる可能性があるからだ。ちなみに、本著における「プラットフォーム・リーダー」の定義は、その業界におけるイノベーションをドライブする企業のことである。

●プラットフォーム・リーダーの戦略を分析するフレームワーク "Four Levers"

  1. Scope of the firm; 自社内でどこまでやるのか、どこからは他社に補完製品(=プラットフォーム上で動くもの)として開発してくれるよう働きかけるのか。社内・社外で行なうことのバランスをいかに取るのか。
  2. Product technology (architecture, interfaces, intellectual propertiy); 自社製品がより広いアーキテクチャの一部である場合、モジュラリティの度合いをどのレベルにするのか。どこまでインターフェースを開示するのか、情報を公開するのか。
  3. Relationship with external complementors; プラットフォームリーダーもしくはwannabeと補完製品ベンダの関係はどこまで協力的なもの・競争的なものか。合意の形成、利害の対立をいかに扱うか。
  4. Internal organization; 社内外の対立を効率的にマネージするために組織構造をどうするか。"China Wall"を築いて、社内の交流・情報共有を防ぐ場合もあれば、異なる部門同士のコミュニケーションを促す場合もある。

●Intelの戦略

Intelのアプローチは非常に明快である。自社のコアビジネスをマイクロプロセッサと位置付け、PC業界全体を繁栄させるために(注:Intelのマイクロプロセッサ市場シェアは、当時既に8-9割あったそうだ)PCアーキテクチャ全体の中で性能のボトルネックを見つけ、自ら改善する。改善した技術や、部品間を接続するためのインターフェースをロイヤルティフリーで公開し、業界全体に採用されるように説得する、というものだ。

象徴的な言葉は、"what people want to do with the PC if it was as good as it could be(もしPCが本来のパフォーマンスを発揮できていたとしたら、人々はPCで何をしたいだろうか?)"である。Intelは、マイクロプロセッサの需要を喚起・拡大するための新しい使い方に関する研究を推し進めると共に、"what was preventing the industry from delivering on that goal (業界におけるゴール達成を妨げているのは何か?)"つまりPC業界全体の中で性能のボトルネックが何かを付きとめ(具体的に言うと、PCI BUSやUSB)自ら開発・改善した。

プラットフォーム・リーダーは、他社の開発するイノベーションに依存している。アーキテクチャをモジュール化すると、各部品が独立してイノベーションを追及することができるため、業界全体の進化の速度が速くなる。これが一般的なモジュール化のメリットだが、逆に言うと、全体の進化のスピードが誰にも管理されていない、つまり、自分1人が頑張っても全体の進化が遅ければ、自社製品の良さをアピールできない可能性があるということだ。Intelの場合もそうだった。Intelがどんなにマイクロプロセッサを速くしても、いや、速くすればするほど、従来のPCアーキテクチャでは、その性能を活かしきることが十分にできていなかった。

そこで、当時のCEO・グローブの肝入りで作られたのが、Intel Architecture Lab (IAL)である。この組織のミッションは、「オープンアーキテクチャのコンピュータ業界におけるアーキテクトになること」だった。

Intelの戦略は分かりやすく、ビジョナリーである。しかし、これは、競合他社も含めて同じ土俵に乗せた上で、技術で競争して勝ち切れる技術力と、業界の信頼を得ているIntelだからこそできたのではないか?とも思う。

●Microsoftの戦略

補完製品の売上高が占める割合が低いIntelに比べると、プラットフォーム(Windows)+補完製品(Office等)を両方自社内で開発しているMicrosoftの方が、戦略もマネジメントも複雑である。

最初は、プラットフォームを普及させるためには魅力的なアプリケーションが要るので、仕方なく自社内で補完製品を開発したのかもしれないが、今日では売上高の半分をOffice等のアプリケーション群が占めているので、Windowsクライアント/サーバと、OfficeシリーズはMicrosoftの二本の柱と言って良いだろう。

従って、Microsoftのプラットフォーム部門は、インターフェースやAPIを公開し、自社のプラットフォームを採用するデベロッパーを少しでも増やそうとする一方、少しでもインターフェースの外部開示を遅らせて自社内のアプリケーション部門にアドバンテージを与えようという誘惑・利害対立のバランスを取らなければならない。アプリケーション部門は、競合の補完製品に比べて少し良いか、最悪でも見劣りしないレベルの製品を、競合にそれほど遅れないタイミングで投入しなければならないし、「Windowsの、MS-Officeでしか使えない」独自機能の実装と、Appleプラットフォームでの動作保証というバランスを取らなければならない。社内・社外で組織的に対立する利害をいかにマネージするかがMicrosoftにとって大きな課題だった。

もう一つ、Microsoftに関して面白かったのは、インターネットを通じて、リモートコンピュータにホスティングされたアプリケーションを「サービス」としてWindowsアーキテクチャの一部をネットワーク上に拡張していこうという.NET構想は、既に2000年から5ヵ年計画で取組まれていた、という事実である。

これが事実であれば、Officeをホスティング型で提供するOffice.NETが今日登場しているのは、驚くに値しない。むしろ既定路線と言って良い。(まぁ、多少時期が遅くなったかもしれないが。)最近、ビル・ゲイツが役員・上級エンジニアに送ったメモが話題になっているようだが、内容としてはそれほど驚くようなものはなく、どれも5年前・10年前から予測して来たことを改めて確認し、これからも頑張ろう、と呼びかけているだけのように読めた。

※上記2つのリンクは、Google Newsで検索した時それと分かる形で一番最初に出てきた&ソースとして中身が一番良い(全文訳が出ている)と思ったので、たまたま両方Cnetになりました。別にCnetの報道姿勢に不満があるとか、そういう訳ではありませんのでご理解ください>>関係者さま

ただ、プラットフォームとしてのOS (Operating System)は転換期かもなと改めて思った。補完製品が増えるほどプラットフォームの魅力は増すが、補完製品がたくさんある場合、プラットフォームをアップグレードするのが大変になる。アップグレートしなければならない必要性・必然性がないとユーザ離れの原因ともなり兼ねない。ライセンスを買ってもらってオシマイ、のワンタイム・トランザクションでなく、使うたびに課金が発生する課金形態は、ベンダにとっても定期的継続的に売上が立つという面で魅力があるし、ビル・ゲイツ自身認めているように、ライセンス形態・ビジネスモデルの変化は、今後避けられない流れなのだろう。

#Microsoftのみならず、GoogleやeBayが通信事業に色気を見せてるのも、「毎月お金が入ってくるから」という理由もあるのでは?と思う私。アメリカの通信業界は全体で$400B/年ぐらいあるので。(対してGoogleの売上高は$5.25B/年)

…この本は、更にCisco等の話が続くのだが、書評はIntelとMicrosoftで十分長くなったので、この辺で。

私が買ったのは原著なので、この書評中の日本語は全て私が理解したところを翻訳・意訳したものです。用語などは日本語版と異なる可能性があります、という点は予めお断りしておきます。日本語版も出ています。

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