グローバリゼーションの波に対して、「外国人は日本語が流暢に喋れないから、日本人に対するカスタマサービスは無理だ」「日本人のサービス水準は世界一」という主張を以って、「だから日本における我々日本人の雇用は維持される」と言う人は多いが、実は私はこういう意見に対しては若干懐疑的だったりします。
確かに、私も、4年前アメリカに渡った当初はすごいカルチャーショックを受けた。
スーパーやディスカウントストア、電器屋に並んでいる箱は、あちこち傷んでいるし、開けた跡があるものが多いのにまず驚いた。
ある時、買った鍋の蓋が歪んでいたので取り替えに行ったら、店員は「それは私のせいじゃない。」と、謝りもせず、平然としている(※1)。「でも、明らかにこの蓋は歪んでいる。これが普通だというのか?」と言い返したら、「そんなのわかんない(I don't know.) イヤなら自分で棚に行って、新しいのと交換していいわよ。」と言われた。以来、私は、何かモノを買うときは、極力その場でパッケージを開封して、壊れていないか、必要な部品類が全て揃っているか中身を確かめてからレジに持って行くようになった(※2)。どうりでスーパーの店頭に並んでいる商品の箱が汚れているわけだ(笑)
電話料金やクレジットカードの請求書が間違っていることも多い(※3)。なので怖くて口座振替なんてできない。まずは自分の目で見て内容が間違っていないか確かめて、小切手にサインをして郵送する仕組みが根付いている。工事を頼んでも、時間どおりに来ることは少ない。「自分の身は自分で守る」「騙されるほうが悪い」「権利は棚から落ちてくるボタモチではなく、自分で学び、主張して、勝ち取るもの」と考えられているお国柄だからなのかもしれない。
とまぁ、最初は、いちいち何でも自己主張が必要なことにフラストレーションを感じたが、すぐ慣れた。だから、上述の状況でも、今の私は全然平気である。むしろこれでいい。だって安いんだもん。
ちゃんとデータ取ってないし為替レートも考慮してない、超個人的主観だが、アメリカの方が概して物価は安かった。食料品は半分から3/4、光熱費、電話代、ガソリン代はだいたい日本の半額。車輌登録の税金は、私の場合、年100ドルぐらいだった。車検もないし(※4)。アメリカの方が高かったのは、外食、医療費、それと学費。ボストンの私立大学に2ヶ月間留学した時の学費は、私が国立大学に通っていたときの1年分だった。教材費もけっこう掛かった。ただ、内容はとても濃かったので、日本の大学の1年分とは言わないが、半年分ぐらいの値はあったと思う。
それと、日本国内に住んでいたり、日本語しかできなかったりすることによるコストってこんなに大きいのか!と気づいたのもアメリカに行ってからだった。関税の壁もあるのだろうが、グローバルにビジネス展開している日本企業だって、同様に足許を見ている。私の知人は、ヨーロッパから知人が来る際、某日系航空会社のチケット(ビジネスクラス)を取ってあげようとしたら、ヨーロッパで買うと、日本国内から買うのの半額だと分かり、バカらしいので直接買ってもらった、と嘆いていた。これは極端な例かもしれないが、ホテルもレンタカーも、日本国内から日本語のWebサイトで予約するより、英語サイトで予約した方がかなり安い。値段がそれほど変わらなかったとしても、選択肢が多かったり、アップグレードをオマケしてもらえる確率が高い。現地に行った後は、どうせ現地人と英語でやり取りしなければいけないんだから、現地でのサービスレベルは全く一緒である。輸入品に関しても、相当足許を見られている。高級ブランド品の場合、黙って倍ぐらい値段が違うことはよくある。また、Webサイトでは、日本国内の住所では購入できないことすらある。これって、「日本人ならおとなしく高いお金を出して買え。文句があるならパリまで来い」ってことだろうか(※5)。
ちなみに、"The World is Flat (フラット化する世界)"にも取り上げられているウォルマートは、アメリカ国民に対して年間約2兆円 ($20 billion)の節約効果をもたらしたそうだ(※6)。いったんこういう世界を見てしまうと、もう後戻りはできないのではないだろうか?少なくとも私はそうだ。Banana Republicで洋服を見るたび、現地での値段を思い出すと腹立たしくて、とても日本国内では買えない。Whole foodsの地鶏が食べたい。従って、「日本語が喋れて高品質のサービスを提供してくれる人を置かないと、日本の顧客は逃げていく」という「堤防」論に対しては、グローバル・スタンダードの価格とサービスで攻めてくる企業が、「あ、なーんだ、こっちのほうがいいじゃん」といったん顧客の心を掴んだら、雪崩を打つように日本もグローバル化が進むのではないか、というのが私の意見である(※7)。流通業界に限らないかもしれないが、日本企業って、「このままではいずれ立ち行かなくなる」と分かっていてもなかなか変われないことが多い。誰かが言い出しっぺにならなきゃいけないんだけど誰も言いたくない。だから、「黒船に開国を迫られたんじゃ、しょうがないね」ということにしたい節はないだろうか?
ただ、「フラット化」すると本当にハッピーなの?と聞かれると、素直にYESと言えないのも事実。年2兆円の節約効果をもたらしたウォルマートの賃金は、連邦政府の定めた最低賃金を下回って訴訟になっている。
On average, Wal-Mart sales clerks -- "associates" in company parlance -- pulled in $8.23 an hour, or $13,861 a year, in 2001, according to documents filed in a lawsuit pending against the company. At the time, the federal poverty line for a family of three was $14,630.(※6)
日本のスーパー店員の主力は所謂パートさんかと思う。その人たちの賃金が幾らぐらいか分からないが、大卒男性に対しては厚いセーフティネットがあって、高い賃金と終身雇用が保証されているという社会システムではないので、ウォルマートの年収1万4千ドルというのは、たぶん一家の大黒柱として働いてる人がこの給料しか稼げていないということだと推察できる。
フラット化の側面として、強い者はより強く、弱い者はより弱く―良くも悪くも、効果が増幅されるという面はあるかもしれない。これまでは、狭い限られた地域の中での競争だったのが、生活コストが全く違う世界中の国の労働者との戦いになるからだ。大きなうねりが始まったら、その変化は止められない。しかし、恐怖に駆られてではなく、世界は安全ではないことを理解した上で、それでも敢えて前向きに生きる人が多ければ、きっと世界にはもっと良い意味が付けられていくのだろう(例えば絶対的な極度の貧困の減少など)と私は信じている。
昔、ダムのゲートを自動的に開閉するシステムを開発したことがあるんだけど、水位が上がってきてからいかに安全に水を流すかという所に膨大な制限事 項があってそこですごく揉めて苦労した。でも、現場の人は、天気予報を見て前日に水を流してしまうので、実際の運用では、そういう緊迫した場面はほとんど 起こらなかった。折角作った高度な制御ロジックはほとんど出番が無くて、ちょっと拍子抜けした覚えがある。
でも確かに、堤防に頼らないで、先に水を流すのが一番安全なんだよね。(※8)
日本人の日本語縛りをグローバリゼーションに対する「堤防」と喩えたessaさんのブログのオチに、なんて洒脱な書きっぷりなんだと脱帽しつつ、ノリツッコミしてみると、
堤防が壊れて洪水が起きる、と言うと何だか恐ろしい気もするけど、例えばナイル川は毎年定期的に氾濫したからこそ、エジプトに測量術やピラミッドみたいな高度な文明が栄え、農地も肥沃になったわけなので、徒に怖がるよりも、「堤防が壊れたらどうなるのか」シミュレーションして、良い方向に持って行くという道、もあるのではないかと思うのです。




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